こんにちは。
今日も晴れました。
気温は少し下がったようで、夜は風が冷たかったです。(寒)
まだ油断はできないですね。
バイデン大統領がウクライナに現れましたね!(驚!!)
その意味と影響は非常に大きいでしょう。
それにしても、どのようにしてあの場に現れたのでしょう!!?
絶対に失敗が許されないプロセスが気になりますね!
という事で!?
アメリカ靴を取り上げています。
『アレン エドモンズ』のキャップトゥダービー「ニューオーリンズ」です。
Allen Edmonds New Orleans 4142E
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前回は、本靴が登場した当時のカタログ「2011年 春」と「ラスト2」、そして「トゥキャップ」をチェックしました。
そのトゥキャップの縁には特徴的なパーフォレーションが、
あの「マディソンアベニュー」と同じデザインのパーフォレーションが
施されていましたね。
それもそのはず、本靴の登場が2011年春で、「マディソンアベニュー」の登場が2011年秋ですから!
そこで個人的に気になるのがモデル名である「ニューオーリンズ」について。
という事で、ニューオーリズについて検索しました。
そして、こちらの記事を見つけました。(感謝)
1718年にフランス人入植者がここに「ラ・ヌーヴェル・オルレアン」(新オルレアン)を建設したことから始まりました。
「ニューオーリンズ」の語源ですね。
しかし、1763年、フランスはアメリカ植民地をめぐる戦争でイギリスに敗れ、イギリスとスペインに割譲されます。
ナポレオン時代に再びフランス領に戻りましたが、1803年にアメリカに売却されました。
以降、英語で「ニューオーリンズ」と呼ばれるようになりました。
街並みにはフランスとスペインの影響がみられるようです。
また、ゴーストとオカルトも生活の中に溶け込んでいるそうです。
そして、何と言ってもJazzが生まれた街として有名ですね!
サマラ・ジョイの活躍もあって僕も聴くことが増えているジャズです!(好)
1865年に南北戦争が終わり、解放された多くの黒人がニューオーリンズへ移り住んできました。その中で生まれてきた新しい音楽がジャズだったのですね。
食文化も豊かな地域です。
フランス、スペイン、西インド諸島、さらに19世紀半ばにアフリカから奴隷として連れてこられた黒人、などの影響を受けて独自のローカルフードが発展してきたそうです。
20世紀に入って物流ルートが変わり、現在の旧市街エリアは発展から取り残されました。しかしその代わりに、古い街並みが今も残ったのです。
2005年にはハリケーン・カトリーナに襲われ、ニューオーリンズの8割が水没したそう。
それを乗り越え、再び観光客でにぎわう街になりました。
という事です。
フランスの影響が大きかったのですね。
ニューオーリンズは新しいオルレアンの英語読みだったのかぁ。(学)
因みに、ルイジアナという名前も太陽王ルイ14世に由来するそうです。
そして、一時スペイン領にもなっていたのですね。
そう考えると、
スマートなノーズ長のラスト222も
個性的なパーフォレーションのデザインも
ニューオーリンズのイメージに合うように思えますね!(楽)
個性的なデザインはトゥキャップの縁だけではありません。
クォーター
クォーターの革の切り返しがあります。
羽根の付け根から後方へカーブを描いて落ちていくカットラインではありますが、
ソールのウェストの辺りと接するオーソドックスなデザインでは無いですね。
そこからかなり後ろ、ヒールの真ん中辺りまで伸びています。
この大きく緩やかなカーブラインは個性的なデザインですね!
更に、その縁にはトゥキャップと同じパーフォレーションも施されています。
大きなカーブラインと相まって目を引くデザインですね!!
このクォーターのデザインも「マディソンアベニュー」と共通しています。
キャップトゥダービーで! (177)Allen Edmonds ⑤ Madison Ave (E)クォーター - 靴と歩む、僕の...
いや、本当は本靴「ニューオーリンズ」の方が半年先なのですが。
僕の取り上げる順序が逆だったのが原因・・です。(苦笑)
今回はここまでです。
ではでは。