こんにちは。
今日も晴れました。
昨日よりは少し肌寒く・・・
夜は割と寒い・・です。
えぇぇ、衣替え進めてるのにぃ。(寒)
パラリンピックが行われていて、
東京マラソンも開催された、、、
というのに、
平和を壊している戦争が気がかりです。
命の躍動する姿と、それを暴力によって理不尽に奪う姿と、、、。
イタリア靴のシングルモンクを取り上げています。
『Stefano Branchini』、『Santoni』の次はこちらのブランドです。
Enzo Bonafe
|
『エンツォ ボナフェ』は有名セレクトショップや百貨店などで長年取り扱われ続けている高級靴ブランドですね。
まずは歴史から見ていきましょう!
こちらの記事を読ませて頂きました。
エンツォ・ボナフェがどのような工房なのかが伝わってきます!
日本に対する見解とボナフェ氏の人柄が伝わってきます。
創業者のエンツォ・ボナフェ氏は2019年当時84歳との事ですので、
生まれは1935年となるでしょうか。
10代の頃にイタリア・ボローニャの名門『A.TESTONI』で修行を積みました。
ボナフェ氏が靴作りの世界に入ったのが13歳の時との事ですので、1948年頃でしょうか。
当時は『ア・テストーニ』も小さな工房だったのですね。因みに創業は1929年です。
そこで15年間、裁断を担当したそうです。
因みに、奥様であるグリエーナさんも磨きの職人として働いておられたそうです。
1963年、エンツォ・ボナフェ氏は28歳でグリエーナさんと共にボローニャの地に自身の工房を開きました。
『ア・テストーニ』では裁断担当だった事から、靴をぜんぶ作れるようになるのがまず大変だったと。(微笑)
『ア・テストーニ』とは工房を辞めてからも良好な関係だったので、教えてもらったり、勉強したりされたそうです。
『ア・テストーニ』で一緒に働いていた職人もボナフェ氏の工房に加わりました。
そして、作った靴を持ってほうぼう営業してまわりました。
やがて評判となり、ローマやフィレンツェでも売られるようになりました。
その当時で日に7〜8足作れるようになったそうです。
以来、靴の品質を守るため、生産数を増やしたいと思わないそうで、
現在(2020年の記事)でも多くて1日30足程度との事です。
それ以上作ってしまうと自分と妻の目が届かないから、という理由で。(信)
ボナフェ氏が大事に考えておられるのは、最終的に靴を履いてくれるお客さんが満足してくれるかどうか、だそうです。
ですので、取引先が最初に多量のオーダーをしてくれることよりも、少量から始めて追加のオーダーが来た時の方が嬉しいとの事。
『エンツォ・ボナフェ』というのはこういうブランドなのですね!
そして、
ヨーロッパ各国のVIPがエンツォ・ボナフェの顧客名簿に名を連ね、中には前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世や元イタリア大統領のチャンピ氏などの名前も。
高品質な靴を世界に広めた功績はイタリア国家からも認められます。
1986年に開催された共和制40周年式典において、イタリアの文化振興に寄与した100社のうちの1社に選ばれ、大統領から表象を受けました。
おまけ
こんなコラボもされているのですね!!?(驚)
両社はまさかの同い年!(縁)
僕はキャップトゥのパーフォレーションに目を奪われました。
中央が山型にデザインされていて、それがきっちりと整っていて、非常に丁寧な仕事である事が伝わってきます。
もちろん、靴の隅々に至るまで丁寧な仕事ですね。
エレガントなドレスシューズにランボルギーニのパワフルなイメージが加わって、カッコイイですね!
今回はここまでです。
ではでは。