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真っ白なテニスシューズを履きたい気分(28)GUCCI ①歴史

 こんにちは。

 今日は気持ちの良い晴れでした。

 夜は急にしとしと雨が降り、雷も!

 それもすぐに止んで、また静かな夜に。

 変わりやすい天気が多いですね。

 

 久しぶりにインスタにポストしました。

 せっかく白スニーカーについて書いているので、

 この機会にお気に入りのMIRFIELDをポストしよう!

 と思ってはいるのですが・・・

 緊急事態宣言下で出不精気味な上に、

 曇り空がダメ押しをしてくれて・・・

 「映え」無いとはこういう事か、と。(難)f:id:maeego:20210601003603j:image

 綺麗目なワイドパンツと合わせてみました。

 グレーと白は安定した相性の良さですね!

 

 では、前回の続きです。

 かつてはテニスコートで活躍したテニスシューズが、

 ファッションアイテムとして再び活躍の場が生まれ、

 その人気が最近あらためて大きくなってきたように思います。

 

 その原因はいろいろあるとは思いますが。

 個人的に思うのは、やはりグッチやセリーヌの影響が大きいのでは!!?

 

 もちろん、ずっと以前からアメリカントラッドやフレンチトラッド のアイテムとして人気はありましたよね。

 そういう意味ではもはや定番中の定番、クラシックと言って良いスニーカーです。

 それを現代的なファッションとして再注目させているのが両ブランドなのかなと思います。

 

 という事で、

 まずはイタリアの名門老舗ラグジュアリーブランドGUCCIから見てみたいと思います。

 「ブランドの元祖」とも称されるグッチとは一体・・・

 最初なので歴史から見てみましょう。

 情報収集のためウィキらせていただきました。(感謝) 

グッチ - Wikipedia

  そして、こちらの記事も読ませて頂きました。(感謝)

blog.gxomens.com

創業

 1881年グッチオ・グッチフィレンツェに生まれます。

 父親が営んでいた麦わら帽子の会社が破産し、自宅まで失います。

 17歳の時、グッチオは蒸気船のスタッフとして船に乗り、ロンドンへ渡ります。

 ロンドンでサヴォイホテルのエレベーターボーイとして就職したグッチオは、イギリス貴族の洗練された感性に刺激を受けます。

 

 1901年にフィレンツェへ帰り、第一次世界大戦を経験します。

 そして、

 1921年、ブランドを創業し、乗馬をモチーフとした皮革製品が人気となります。

 

 1933年には「GG」を使っモノグラムが登場したようです。

 これが世界で初めて品質保証のためにデザイナーの名前を商品に入れたと言われていて、ゆえに「ブランドの元祖」と呼ばれているそうです!

 

 第二次世界大戦が始まると皮革が統制対象となってしまいました。

 そこで革の代用品としてキャンバス地にコーティングを施した生地を使い、その配色から人気を博します。

 同時期に代用品として竹素材も使ったのですが、バンブーの名でアイコンとなり人気となりました。

 

 創業者のグッチオはサヴォイホテルでイギリス上流社会を目の当たりにし、その影響を受けたのではないでしょうかね。

 それが製品に反映され、グッチブランドが作られていったのではないかと思いました。

 

アメリカ進出

 1953年、グッチオの反対を押し切る形で息子のアルド・グッチがニューヨークに支店を出しました。

 その年の夏、グッチオ・グッチは72年の生涯を閉じました。

 そして、アルドの息子(グッチオの孫)パオロが二代目社長に就任します。

 

 そこから同族間で経営権をめぐる争いが起き、、、興味がある方はウィキペディアをお読み下さい。

 結果的にブランドはアラブ資本に売却され、グッチ家は経営から締め出されます。

 2004年にはフランスを本拠地とする流通会社Pinault-Printemps-Redouteの傘下となります。

 2013年には組織改編によりケリングと改称されます。

 

 うーん、、、華やかなブランドにも闇が・・・。

 でも、実はその間にもグッチの栄光はあったようです。

 例えば、1970年代のジャクリーン・ケネディに愛されたジャッキーバッグ。

名品の“最初と最新” ーー ファーストレディが愛した グッチの「ジャッキーバッグ」 (1/1) - T JAPAN:The New York Times Style Magazine 公式サイト

  他にも、オードリー・ヘップバーングレース・ケリー、ビーター・セラーズなどのセレブリティに愛用されたそうです。

 グッチはアメリカで成功し、アメリカからの影響も取り入れていったのではないかと思います。

 

 

現代的なグッチ

 そんなグッチのファッションブランドとしての魅力を考えます。

 創業期に「馬具のモチーフ」と「皮革製品」、「キャンバスコーティング生地」と「色使い」、「バンブー」が登場しました。

 そして「ニューヨーク」も出てきましたね。

 その後「シェリーライン」や「ビットモカシン」などが登場します。

 これらはグッチの偉大な遺産となり今もグッチを支えています。

 しかし、グッチ家内の問題もあってブランドは低迷していき、倒産の危機にまで至ります。

 

 そんなグッチを現代的なラグジュアリーブランドとして蘇らせたのが、デザイナーでありクリエイティブディレクターです。

 重要なクリエイティブディレクターとしては、やはり1990年から2004年まで君臨したトム・フォードでしょうね!!

 グッチの歴史を見事に昇華させ、グラマラスでセクシー、レトロでモダン、そしてラグジュアリーなブランドに蘇らせました。

 グッチをファッションブランドの頂点にまで引き上げ、ファッションの中心的ブランドとしての地位を築いた功績は大きいですよね。

  個人的に思うのは、トム・フォードアメリカ人である事にグッチとアメリカ(ニューヨーク)の強い縁と相乗効果を感じますね。

 

 トム・フォードの後はデザイナー交代が繰り返されました。

 

 そして2015年、ローマ出身のアレッサンドロ・ミケーレがクリエイティブ・ディレクターに就任します。

 実は2002年からトム・フォードのグッチでバッグデザイナーとして経験を積んでいたそうです!(驚)

 ミケーレのグッチにはレトロなムードが色濃く、イタリア的ロマンティシズム、イギリス的トラッド、アメリカ的ストリートなポップ、ジェンダーレス、といった現代的な鋭い感性が圧倒的なクリエーションで表現されていますね。

 

 

 アレッサンドロ・ミケーレについてはこちらの記事も読ませていただきました。(感謝)

www.gqjapan.jp

 メンズに関しては、男性像そのものが塗り替えられるくらいのパワーを感じますね。

 

 個人的には彼の時間に対する感覚に魅力を感じます。

 就任以来一貫したスタイルを感じるのもそうで、ファッション的な古い・新しいの感覚が塗り替えられたように思います。

 そして、ファッション界のスケジュールを見直し、年2回のショー形式という独自路線に切り替えましたね。

 一般人にとってあまりに早いファッションの変化、

 あまりに高価なブランド品が数回着用したら廃ってしまう状況というのはどうなんだろう・・・

 せっかく上質なモノなのに、、、

 そして環境問題も考えると、疑問に思う気持ちがありました。

 彼の影響はまだまだ大きく広がっていくのではないでしょうか!!?

 

 今回はここまでです。

 ではでは。


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