こんにちは。
今日は天気も良く、お出かけができるならばぴったりの日でしたね・・・。
総理が会見をされ、行動指針や政策の説明、反省と謝罪を述べられました。
そういう姿勢が今大事だと思います。
都知事は事態の深刻さと都民への奮起を呼びかけました。
皆が今適切な行動をしないと、今後ますます深刻なダメージが広がるでしょう。
それに、世界で最後まで収束できない国になりかねない・・・。(恥)
さて、なかなか書けない僕のフレンチファッションのお話・・・。(難)
だいぶ前になりますが、
前々回は、フレンチファッションとは?について考えてみました。
そして、
前回はアニエス・ベーの代表アイテムの1つであるボーダーTシャツについて考えました。
で、
今回はアニエス・ベーとA.P.C.とフレンチファッションについて考えてみようと思います。
おさらいとなりますが、
フレンチファッションとは、
フランス人のファッション、
つまり、フランス人の好むファッション、
ではないかと思います。
では、フランス人の好むファッションって何だろう?
その回答の一例が、アニエス・ベーとA.P.Cの服だと思うのです。
というのは、
アニエス・ベーというブランドは、
デザイナーのアニエス・トゥルブレさんがトータルファッションをデザインしておられ、
アニエス・トゥルブレさんご自身がフランスで生まれ育ち、パリでデザインをしてこられ、
割と日常に着る服を作り続けていおられるから。
つまり、フランス人であるアニエス・トゥルブレさんが好む普段着られる服、とも言えるのではないでしょうか。
という事で、
アニエスベーが作り、コーデするスタイルがそのままフレンチファッションなのではないかな、
と思いますね。
A.P.C.も同じ理屈です。
デザイナーのジャン・トゥイトゥさんはチュニジアで生まれてソルボンヌ大学で学ばれたそうです。
そして、パリでA.P.Cを発表し、トータルの服を作るブランドになっています。
ですので、やはりA.P.C.のスタイルがフレンチファッションなのだと思います。
とはいえ、アニエスベーとA.P.C.は共にシンプルを基調としていますが、雰囲気の異なる世界観を感じますね。
実際、ブランドの誕生も、
アニエス・トゥルブレさんは1941年のお生まれで、ブランドは1975年から、
ジャン・トゥイトゥは1951年のお生まれで、ブランドは1987年から、
らしいので、アニエスベーの方が先輩ですね。
ここで、ちょっと想像を膨らましてみます。
1960年代のフランスはオートクチュールからプレタポルテへと移行していった時期でしょうか。
シャネルやディオール、バレンシアガから、サンローランやケンゾーへと。
僕の勝手な想像ですが、アニエス・ベーはこの辺りの空気を吸収しているように思います。
サンローラン的なマリンルックやスモーキングルックは、アニエス・ベーのボーダーTシャツやモノトーンスタイルに影響してるような感じがします。
あ、別にアニエスさんがサンローランを意識してデザインをしているという意味では無いですよ。
フランスに居れば自然に影響を受けてしまうのではないかと想像します。
そういう空気を吸って自分の感性でデザインをされているのかな、と。
そして1980年代のフランスに登場したコム・デ・ギャルソンが西欧的な価値観を破壊していきますね。
既存の価値観に縛られる事を嫌い、新たな価値観を生み出そうとするクリエーションと前衛的なデザインは、ファッションに自由をもたらしたように思います。
A.P.C.の服にギャルソンの影響はちょっと感じづらいですが・・・既存のモノを批判的に見る事ができ、再構築するような考え方にはひょっとしたら影響が!?、と。(苦笑)
ちょっとこじつけ感も否めませんが、時代の空気はデザイナーにも影響すると思うので。
あと、ちょっと調べていたら、面白い記事を見つけました。
何と、ジャンさんはアニエス・ベーでも働いていた事があったのですね!?(驚)
シンプルな服に近しいものを感じるのはそういう事のなのかな??(笑)
とはいえ、その後ジャンさんは自身のブランドを立ち上げるので、やはりアニエス・ベーとは違うデザインを志向しているのだと思います。
で、どう違うの?
というところで、今回はここまでです。
ではでは。